肩の投球障害予防 ちょっと難しいけど知っておきたい知識

ここでは、投球障害肩の有病率、病態、予防策の発展と問題点についてまとめてみました。

目次

  1. 投球障害肩の有病率
  2. 投球障害肩の病態
  3. 投球障害肩の予防策の発展と問題点
  4. オーバーユース/投球制限
  5. 肩関節不安定性/肩関節安定化エクササイズ
  6. 肩に負担にかかる投球フォーム/投球フォームの改善
  7. 引用文献

投球障害肩とは野球をはじめとするオーバーヘッドアスリートに多く発症し、肩の疼痛や不安定感、脱力感により投球のパフォーマンスが障害される病態の総称である。
投球障害肩の有病率について伊藤ら(2009)は小学から大学野球選手における 10957 名(小学生:1781 名 中学生:7188 名 高校生:1489 名 大学生:499 名)のフィールド調査で 11.2%(小学生:6.1% 中学生:9.6% 高校生:17.7% 大学生:32.7%)であったと報告した 1)。
この調査は 6 年間に渡った調査であり、日本国内の野球における最近のフィールド調査では最大規模である。この障害は年代が上がるにつれて有病率が高くなる傾向があり、高校生以上で最も頻度の高い障害部位は投球肩であった 1.2,3)。
総務省の調査によれば、日本の野球人口は 150 万人以上と推定されており、単純に計算すると 150 万人x11.2%/100 で、15 万人以上の選手が投球障害肩に罹患していることになる。

野球において最も頻度の高い障害は投球障害肩であり、予防すべき重要課題といえる。

近年、画像診断・関節鏡検査の進歩により、投球障害肩に関する解剖学的な損傷部位は解明されてきた。
しかし、病態に関してはいまだ未解決な問題が多く、さまざまな学説があり、十分なコンセンサスが得られていないのが現状である 4,5)。投球障害肩における解剖学的損傷部位を以下に列挙する 4,5)。

① 肩峰下滑液包
② 腱板
③ 関節唇
④ 骨
⑤ 上腕二頭筋長頭腱
⑥ 関節包
⑦ 関節上腕靭帯
⑧ 関節軟骨
⑨ 骨端部
⑩ 肩甲胸郭部滑液包
⑪ 神経・血管

投球障害肩では多くの組織で損傷が生じ、複数の損傷部位が混在していることが多く、複数の病態が絡みあって発症すると考えられている 4,5)。
非常に多くの病態が報告されるなか、比較的コンセンサスが得られている病態にエクスターナルインピンジメント、インターナルインピンジメント、peel-back メカニズム、牽引張力がある 4,5,6,7,8)。

次図に一般的な投球相の分類を記載する(図 1-1)。

投球相

投球相は一般的に上図の 6 相に分類されることが多い。
投球障害肩に罹患した選手の多くはコッキング期から加速期に疼痛を訴える。

以下各病態について詳細を述べる。

エクスターナルインピンジメントとは、投球の初期コッキング期から加速期に鳥口肩峰アーチと上腕骨頭の間に腱板や滑液包が挟みこまれて衝突する現象である(図 1-2)。
Meister や西中らはこの発生機序として、肩甲骨周囲筋の機能異常により肩峰下アーチスペースが相対的に減少することによって生じると報告した 9,10)。

エクスターナル

インターナルインピンジメントとは、投球の終期コッキング期から加速期に上腕骨頭と関節窩の間に腱板と関節唇が挟み込まれて衝突する現象であり(図 1-3)、Walch ら(1992)が提唱した 11)。
Jobe(1995)はその発生機序として、オーバーユースによる肩関節周囲筋の疲労や前下関節上腕靭帯の弛緩が前方不安定性を発生させ、その結果終期コッキング期で上腕骨軸が肩甲骨軸に対して水平伸展し、後上方関節唇と腱板が衝突すると考察した 12)。
また Meister(2000)、Mihata ら(2004)は関節包の緩みが増加するに伴い、肩の外旋可動域の増加と上腕骨頭の変位が結びついてインターナルインピンジメントを増悪させると述べた 12,13)。
インターナルインピンジメントの根拠として、Paley ら(2000)は 41 例のプロ野球選手の関節鏡検査により、93%に腱板の毛羽立ち、88%に後上方関節唇の毛羽立ちを認め、腱板損傷部と関節窩後方部の接触を確認した 14)。
インピンジメント

Peel-back メカニズムとは投球の終期コッキング期から加速期に肩関節を外転・外旋させることにより、上腕二頭筋長頭腱の近位部に捻りを生じることである。
Burkhart ら(1998)は後上方関節唇病変の発生メカニズムとしてこの peel-back メカニズムを報告した 15)。
牽引張力とはボールリリースからフォロースルー期にかけて上肢の遠心力に対抗して、投球腕の筋群に非常に大きな張力が生じることである。Andrews ら(1985)は 73 例の関節鏡視所見により、関節唇損傷の大部分は上腕二頭筋長頭腱の関節窩付着部に近い前上方部に存在すると報告した 16)。その原因として、投球のフォロースルー期における上腕二頭筋の収縮に伴い、強力な牽引力が生じることで関節唇の剥離が起こったのではないかと考察した 16)。

また Bennett や Wright は野球選手の肩関節の関節窩後下縁にしばしばBennett 病変とよばれる骨棘を認めることを報告した 17)。
この病変の原因として Meisterらや杉本らは、投球のフォロースルー期における上腕三頭筋長頭腱と後方関節包付着部の牽引に伴う骨棘であると報告した 9,18)。
このようにさまざまな病態学説が報告されるなか、現在の投球障害肩の仮説モデルは、投球により肩関節に微小な外力が過度に繰り返されると肩関節の前方組織が弛緩し、肩関節の後方組織のタイトネスは増加する。しだいに肩甲骨機能や腱板機能が不全状態に発展していくと肩関節の不安定性は増加し、骨頭は関節窩に対して変位し、求心位を保持する能力が衰退する。

こうした状況のなかでさらに投球を繰り返すことによりインターナルインピンジメントやエクスターナルインピンジメント、Peel-back メカニズム、牽引張力が複雑に絡みあって解剖学的異常が生じる。
解剖学的異常によって、腱板機能と肩甲骨機能はさらに増悪し、悪循環が形成されると考えられている 4)。

投球障害肩の損傷部位、病態は徐々にではあるが解明されてきており、その治療技術や治療成績も向上しつつある 27,28,29)。しかし、最近は障害が発生してから対処するのではなく、障害が発症する前に危険因子を検出し、障害を予防していこうというように抜本的に発想が転換しつつある。
投球障害肩の予防を考える上で重要なことは危険因子を把握することであり、近年メディカルチェックによって危険因子を検出し、早期に予防策を講ずることで投球障害肩の有病率を減少させる取り組みが全国的に拡大している 30,31,32)。
投球障害肩の原因は大きく考えると次の 3 点に集約される 4, 5, 6)。

ⅰ. オーバーユース(外的要因)
ⅱ. 肩関節不安定性(内的要因)
ⅲ. 肩に負担のかかる投球フォーム(外的要因)

これに対して現行で実施されている投球障害肩の予防手段は次の 3 点である 27,28,29)。

ⅰ. 投球制限
ⅱ. 肩関節安定化エクササイズ
ⅲ. 投球フォームの改善

上記の原因と予防手段はよく知られており、現場でも普及しつつある 27.28)

投球数の増加は投球障害肩の重大なリスクファクターである 3)。
投球制限においては1994 年に日本臨床スポーツ医学会より各年代別に 1 日投球数や週間投球数を一律に制限させる提言 51)がなされており、2006 年にはワールドベースボールクラシックにてゲームにおける一律な投球数制限がルール化された。
こうした提言は、社会に対して投球障害肩の実情と投球数増加の危険性を伝えていくのに重要な役割を果たしているものと考えられる。

投球障害肩の病態で述べたように、肩甲骨機能や腱板機能が不全状態に発展していくと肩関節の不安定性は増加し、骨頭は変位し求心位を保持する能力が衰退する。
これは投球障害肩の解剖学的異常における最も根源的な原因である。
したがって、腱板機能や肩甲骨機能を向上させるためのエクササイズを無症候期に行うことで、障害の発症を防ぐ試みが普及しつつある 27.28)。
また投球動作は全身をつかった運動であり、下肢から体幹、そして上肢への運動連鎖の重要性が指摘されており、下肢、体幹部のエクササイズも多く行われるようになってきた 27.28)。

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野球選手の投球フォームは非常に多彩であり、投球障害肩の病態も非常に複雑である。
近年、motion capture system とその力学解析技術の進歩によって、投球動作のさまざまな力学的パラメーターが算出されるようになってきた 19.20.21,22,23)。
また肩関節鏡や MRIの進歩により、投球障害肩の病態も徐々に明らかにされてきた 4,5,6)。
しかし、こうした背景の中であっても、現場での投球フォームの指導は科学的エビデンスが乏しく、指導者の経験と事例の蓄積に依存している。

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この記事の作成者


石井壮郎石井壮郎
Takeo Ishii

博士(スポーツ医学)
日本整形外科学会 整形外科専門医
日本体育協会 スポーツ認定医
スポ・ラボ(一社)理事

千葉県船橋市出身、小学3年生から野球をはじめた。学生時代より「パフォーマンス向上と障害予防を両立するようなスポーツ動作」の開発に強い関心があり、2008年から筑波大学で研究を開始した。「スポーツ障害の最大の治療戦略は予防である」という経験に基づいた持論を展開し、あたかも天気予報の降水確率のように、近未来の投球障害の発症確率を予測するアプリケーションを開発し、運用している。最近は、「モーション・シンセサイザー」という統計学を駆使したコンピュータ・シミュレーションを開発し、障害防止とパフォーマンス向上を両立する動作をコンピュータ上で作成する研究を行っている。


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